当時はワープロがまだ普及していなかったらしく、開放の掲載作品は全て手書きのコピーであった。
人のことは言えないが、他の生徒の文字はバランスが悪くて読みづらそうだった。
だが、「恋樹伝説」だけは、流れるような美しい筆跡で、それだけでも目を引いた。

作・足立俊彦

校内放送のために放送部の依頼で書き下ろす。
聖書協力・花村陽子
朗読・河辺久美
参考・ドイツ・キール地方の「花婿樫の木」の恋樹伝説を元に、アイデアを膨らませた。

僕がそのウサギに始めてあったのは夏の夜の事でした。
一人で森を歩いていると遠くで声が聞こえてきたのです。「星磨き、えー、星磨きに、ごようはございませんかぁ」
暫く舞っていると、ブーツにつなぎの半ズボンをはいたウサギがやってきました。
片手にバケツを提げ、緑色のブラシをかついでいます。でもなりより奇妙なのは、その大きさでした。
何しろウサギはわずかに十五センチほどしかなかったのです。
ウサギは、よいしょ、よいしょと歩いてきて、
「星磨きに、ごようはございませんかぁ」
とどなりました。
不思議なことに、ウサギは目が不自由なのか、僕が近くにいるのにも気がつかない様子です。
僕が「あのう」と声をかけると、ウサギは可哀想なぐらい驚いて、ぴょんと遠くにはねました。
遠くにといっても、ウサギのことですからむろんせいぜいが三十センチばかりではありましたが。
そして、ようやく僕が分かったのでしょう。
まばたきすると、
「ああ、驚きました。星磨きにごようですか?」
「いや、そういうわけでもないのだけれど」
と、僕が言うと、ウサギはおじぎをして、
「では失礼します」
「あっ、ちょっと待ってくれませんか?星磨きってそもそもなんでしょうか。変わったお仕事だと思うのですが?」
「夜空の星を磨くのですよ」
「それだけ?」
「はい、それだけです」
僕はじっとウサギを見つめました。
するとウサギは少しばつが悪そうな顔をして、いえ、別にいじわるをすつもりではありませんでそたと頭を下げた。
「説明がちょっと足りませんでしたね。私はいつももそうで、みなさまに叱られます。私が見えたということは、ごようがおありにきまっているのに。あなたはどなたがお心にしている娘さんがいらっしゃるのでしょう。私はそんな恋する人のために星を磨いてあります」
僕は小さくうなずきました。
あの可愛らしい森番の娘のことが近頃、気になってしかたがなかったのでした。それで落ち着かないのでこうして夜、歩いていたのです。
「夜空の星を一つだけ選んでいただければ、あなたのためにそれを磨いてしんぜましょう」
星が輝き始めれば恋はかなうのだとウサギは言いました。
「つまりその娘さんもあなたがお好きだということです」
「輝かなければ?」
「残念ながら……」
ウサギはうなだれました。
「なかなかみなさん思うようにはいかないようで……」
僕はとても興味があったので、ウサギに尋ねました。
「お願いをしたいのですが、ごらんのようにあいにく貧乏でして……、お礼はいかほど差し上げればよろしいでしょうか?」
「にんじんを一つばかり。この森の王様の下へお届け願えますか」
「ああ、それなら……承知しました」
ウサギはでは、どの星を磨きましょうかと言ったので、僕は天上のなるべく美しい星をと探して、指差しました。うさぎはみるみるしょげかえり、
「アル日レオは申し訳ないです。先約がありまして」
「でもあの星が一番きれいですよね。なんとかなりませんか?」
「それにじつはもう磨いてしまいまして、ですから、すでにああして輝いておるのです」
「ということは…」
この星磨きのウサギは、両想いということになります。
「よかったじゃないですか」
「はい。でも、うれしさは半分だけというところでしょうか。私も自分の星にいるときに思い切って磨いてもらえばよかったと思いますよ」
ウサギはこの星から一億百万光年先に住む小さな惑星から「銀河系外惑星開拓団」の一員としてやってきたのでした。その星では、宇宙の星磨きの公募があり、ウサギはその高い給料にひかれて応募したのだそうです。
「私は、てっきり嫌われてしまったと思っていましたからね」
「でも、彼女が待っているのではないですか?」
「そうだといいのですが……恋はきまぐれで、いつまでも輝いているとはかぎりません。
あの星も時々曇ります。そんな時私はあわてて磨いてやります。するとまた元のように光ってくれるので、安心するというわけです」ウサギが自分の星に戻れるのは三十万光年後だそうで、
「まあ、もう少し先の話です」
それかあ自分の事など話してしまって申し訳ないと謝り、では、アルビレオの隣にあるデネブではいかがでしょうか、といいました。
デネブも、アルビレオに負けないぐらい美しいとウサギに教えられて、僕はうなずきました。
「はい、それでよろしくお願いします」
すると、ウサギはブラシを空に差し出して、バケツからの光の粉をまきました。
その粉が、夜空に飛び、デネブの周りにはりついてきらきらと輝きました。しばらくウサギは踊るようなしぐさで、ブラシで星をこすり、それから様子を見ていました。
デネブは先ほどよりもぐんと輝きを増して、いよいよ煌々と燃えあがりました。
僕はそれを見て、思わず跪きたくなるぐらいに喜びにふるえたのです。
「おめでとうございます。」
ウサギはそういうと、僕の背中をとんとたたき、
「ではもうおめにかかることもありますまい。どうぞお幸せに」
と歩いていってしまいました。
位森の中で、暫く遠ざかるウサギの姿が青白く浮き上がっていましたが、それもやがては消えてしまいました。それから僕はデネブをもう一度見ました。
その僕らの星は、相変わらずに光っていました。
星磨きウサギの予言どおりに、僕と森番の娘は、結婚をして幸せに暮らしておりますが、今でも時々夜空を見あげます。
そして僕らの星のデネブが輝いている隣でアルビレオが美しく光っているのを見るとなぜか安心するのです。
追伸、星研きウサギの話ではこの地球では森のあるところならどこにでもウサギはやってくるのだそうです。
目印は王様の木、あるいは女王様の木と呼ばれるような古着で、近くにウサギが居ないようでしたら、手紙を出して呼び出してくださいとのことです。きっと喜んで出てきてくれると思います。
なにしろ星磨きのウサギは寂しがり屋のようでしたから。(終わり)


一億百万光年先に住むウサギ、「恋樹伝説―一億百万光年樹に住むウウさキが僕に語った話―」より。
バルト海に近い北ドイツのシュレースヴィヒ=ホルシュタイン州の丘陵に、プレーン湖を中心とした湖が点在する湖沼地帯がある。
その湖の一つ、オイティーン湖畔のドーダウアーの森にその樫の木があった。

樹齢五〇〇年、高さ二十五メートル、胴回りもゆうに五メートルを超える子の巨木は、森の王者にふさわしく辺りを睥睨するかのように生えている。
もっとも、この樹が知られているのは、その老いた巨体のせいではない。
この樹が、恋の使者を勤めてくれるからだった。
十九世紀末のこと、森版の娘がある青年に恋をした。
ところが父親は厳格な人で、、娘に青年と会うことを禁じてしまうのである。
だが、あきらめることができない娘は、自分の思いを手紙につづり、小さな頃から大好きだった樫の老木にのぼって、洞に投げ込んで祈ったのだ。
「どうか神様、あの人に届けてください、私の変わらぬ愛を、
真心を――――――」
娘の変心を疑い、夕暮れに絶望して森をさ迷い歩いていた青年が、この樹の前で立ち止まったのは果たしてぐうぜんだったのだろうか。
野ウサギか、あるいは何かの気配を感じてふりむいた青年は、一筋の太陽の光が樹の洞を照らしているのを見たのだ。
のちに彼は人に尋ねられこう答えている。
「ええ。そうなのです。僕はその洞をのぞいてみなければいけない、樫の老木がそういっているような気がしたのです。どうしてか理由はわかりませんが…」
青年は、誘われたかのように、枝をよじのぼり、洞に手を入れて娘の手紙を見つけた。
翌朝、娘はいつものように樫の木に祈りをささげにいって、洞に目印がついているのに気がついた。
その目印が何だったかは伝えられていない。
青年の帽子についていた鳥の羽だったかもしれないし、娘が青年に贈ったリボンだったかもしれない。
娘は木の洞で、青年からの返事の手紙を見つけ、歓喜の涙を流したのだった。
それからこの樫の木の洞が、二人の愛の書簡を交換する中継所になった。
会うことは禁じられた二人だったが、互いへの愛を確認試合、長い間大切に育んだという。
この恋樹の話は、ひそやかに村のうわさになり。やがて森番の父親の耳に届く。父親はもはや怒ることはなかった。
なによりも若い二人の誠実さとけなげさに胸を打たれたからだ。森の協会に結婚の鐘が鳴り響いたのはそれからまもなくのことだった。
以来、この老木は、花婿の樫という名前がつけられ、恋の成就を願う若者たちの聖地となった。
そして洞には、森番の娘と青年のような幸せな出会いを求めて、多くの手紙が投げ込まれるようになったという。


一億百万光年先に住むウサギより。

恋樹伝説。

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